銀婚湯(上の湯温泉:北海道八雲町)|5本の自家源泉と11カ所の湯船で「隠し湯めぐり」を楽しめる源泉かけ流しエンタテインメントの旅館

笑い芸人・バカリズムさんの著書『都道府県の持ちかた』によると、北海道の持ち手は渡島半島全体が最適とのことで、「道南部を握り込むように」することがポイントだと言います(こちらを参照)。そう言われると、北海道の持ち方はこうとしか思えなくなるものです。

 そんな渡島半島の真ん中付近に位置する八雲町の中心市街から車で30分ほど南下したところにあるのが、温泉旅館「銀婚湯」です。男女別の大浴場、露天風呂、家族風呂など合わせて11カ所もの湯船をもつこちらの旅館では、メイン写真にある丸太をくり抜いて作られた「トチニの湯」をはじめ、敷地内の散策路に点在する野天風呂等を楽しむ「隠し湯めぐり」(宿泊客専用の貸切風呂)が醍醐味の一つとなっています。今回は、そんな温泉エンタテインメントを堪能できる銀婚湯での宿泊記録になります。

※本記事は宿泊日(2023年12月26日)時点の情報です

銀婚湯へのアクセス

 今回の旅では、札幌→洞爺湖→長万部→八雲町という流れで銀婚湯に向かいました。2023年は暖冬ということで関東地方では日中、トレーナー一枚でもクリスマスを過ごせてしまうほどの気温だったわけですが、さすがに北海道ではそんなことはなく、朝になると膝下くらいまで軽めの雪が積もるような、そんな天候でした。

 電車で行く場合は、JR函館本線「落部(おとしべ)駅」から約10km、車で約15分ほどのところにあります。ホームページによると「※ご宿泊のお客様は前日までの予約に限りお1人様でも駅まで送迎致します」とのことです。

宿の10km手前くらいにある案内板。後方には北海道生まれのコンビニ・セイコーマート
最寄駅であるJR函館本線「落部駅」から宿までの道

 ちなみに、北海道豊浦町にある道の駅で購入した書籍「北海道 局名の旅」では、「アイヌは、川尻にやなを仕掛ける川という意味でオテシベツと呼んでいた。古い記録には乙志部、落辺など書いたものもある。やなはサケをとる漁具の一種」と記載されています。この書籍を読むと、北海道の各地名はアイヌの言葉がベースになっていることがよく分かります。

赤木三平(著)『北海道 局名の旅』山音文学会, 1971
銀婚湯の入り口看板

外観&ロビー

 北海道の温泉宿というと、ロッジ風の出立のお宿が多い印象ですが、銀婚湯は珍しく純和風の温泉旅館の佇まい。日本人のDNAでしょうか、落ち着きます。

 
 
ロビー奥には輻射式ストーブが温まっており、その手前には宿泊客用の長靴が干されていた

お部屋

 今回は家族(3人)での宿泊だったので、「特別新館(花水樹)」という部屋を予約しました。トイレ・洗面台つきの12畳で、非常に快適な空間でした。

踏込と主室の間にある前室は奥行きがあり、途中に洗面台とお手洗いスペースがある。お手洗いはウォシュレットトイレの他、男性用の小便器も設置されている
 
一般的な旅館の広縁にある机と比べると面積が広め
部屋の窓からの景観は一面の雪景色。夏はまた違った雰囲気になること間違いなし。イメージについてはホームページのこちらに掲載されている
鉤爪のようなつららも

お食事

 お食事は館内にある個室食事処・静山にて。食事時は、他にどんな宿泊客がいるのかを確認できるタイミングでもあります。この時は12月26日という時期もあって、確認できる限りの個室はほぼ全て埋まっている状況。客層もまちまちで、それこそ「銀婚祝いかな?」と思わせるようなお二人もいれば、中国からはるばるやってきた若者グループもいました。店主の方に聞くと、ちょうど数ヵ月前にとあるインフルエンサーがTikTokで銀婚湯の隠し湯を紹介していたようで、そこから中華圏からの宿泊客が爆増したとのことでした。

 

夕食

中央に置かれた紙には、鍋用の玉子の説明が書かれている。近所の養鶏場「松永農場」で採れた新鮮な「庭咲たまご・ 遊楽卵 (ゆららん)」とのこと。黄身は透明感のあるレモン色。写真を撮るのを忘れてしまったので、イメージとしてはこちらの別媒体記事でご確認いただきたい
冬といえば鍋。身も心も温まる
日本酒をいただこうと思っていたら、シードルが置いてあるというので、こちらの「函館ななえシードル」を注文。北海道七飯町の林檎を100%使用したもの。美味い!
旅館ホームページのトップにも表示されているロゴマーク。なんとも優しい気持ちになるデザインだ

朝食

朝食は前日の夕食会場と同じ個室
左手の味噌汁には、「銀杏草(ぎんなんそう)」という海藻が入っていた。「仏の耳」や「みみのり」とも呼ばれており、毎年3月初旬に地元の浜で干潮を狙って自分たちで採取しているとのこと。独特の粘りとコリコリ感がある磯味の一品に、朝からほっとする

温泉

 銀婚湯には敷地から湧き出している源泉が5本もあり、それぞれを10カ所の湯船へとブレンドして提供しています(トチニの湯の湯船だけは、「川向2号」という源泉をそのままブレンドすることなくかけ流しているとのことです)。混合の仕組みが複雑なので、以下のホームページ掲載の図をご覧いただくと良いでしょう。

 11カ所の湯船をまとめると以下の通りです。男女内風呂と家族風呂、及び足湯については約10%の湧水を加水しているとのことですが、それ以外の湯船については源泉かけ流し100%ということで、非常に豊富な温泉資源があることがお分かりいただけるかと思います。

  • 男子内湯大浴場「渓流の湯」(宿泊・外来用)※加水10%のみ
  • 男子露天風呂(宿泊・外来用)※源泉かけ流し100%
  • 女子内湯大浴場「こもれびの湯」(宿泊・外来用)※加水10%のみ
  • 女子露天風呂(宿泊・外来用)※源泉かけ流し100%
  • 家族風呂「せせらぎの湯」(宿泊者専用)※加水10%のみ
  • 足湯「かたらいの湯」(宿泊・外来用、屋外設置)※加水10%のみ
  • 隠し湯「かつらの湯」(宿泊者専用)※源泉かけ流し100%
  • 隠し湯「杉の湯」(宿泊者専用)※源泉かけ流し100%
  • 隠し湯「もみじの湯」(宿泊者専用)※源泉かけ流し100%
  • 隠し湯「どんぐりの湯」(宿泊者専用)※源泉かけ流し100%
  • 隠し湯「トチニの湯」(宿泊者専用)※源泉かけ流し100%

 この配湯の仕組み(かけ流しシステム)や温泉分析表については、部屋に置いてあるファイル内に細かく記載されています。

 源泉ごとの成分をまとめると以下の通りです。

  • 湯本1号:ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉(旧泉名:含芒硝-重曹-食塩泉)
  • 湯本2号:ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉(旧泉名:含土類・石膏-食塩泉)
  • 川向1号:ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉(旧泉名:含重曹-食塩泉)
  • 川向2号:ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉(旧泉名:含重曹-食塩泉)
  • 川向3号:ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉(旧泉名:含重曹-食塩泉)

内風呂

 到着後、早速敷地内の野天風呂に繰り出そうとしましたが、いずれもすでに他の宿泊客が入浴しているとのことで、まずは内湯「渓流の湯」へ。銀婚湯では、外にある野天風呂群(かつらの湯、杉の湯、もみじの湯、どんぐりの湯、トチニの湯)はいずれも「貸切風呂」での運用となっています。

 
手前が男子内湯大浴場の入り口で、奥が男子露天風呂の入り口。実は2つは浴室内で繋がっている
広い洗面脱衣室
時計の下にある木像が妙に存在感がある
銀婚湯では源泉の混合状況が比較的複雑なので、一般的な旅館のように細かい温泉分析表等は掲示されておらず、代わりに「源泉4本混合」といったシンプルな表示のみなされている。詳細は先述の部屋にあるファイル内の情報を参照するという仕組みのようだ

 浴室に入ると、真っ先に感じるのが石油を彷彿とさせるような香ばしい臭い、通称「アブラ臭」です。東鳴子温泉にある高友旅館(大浴場の黒湯)や馬場温泉のような鼻腔にまとわりつくような強いものではありませんが、それでも湯上がり後に乾かしたタオルからほのかなアブラ臭が漂うわけで、アブラ臭温泉好きとしてはたまらない瞬間でした。

男子内湯大浴場
 

 こちらの内湯は「ナトリウムー塩化物泉」の弱アルカリ性低張性高温泉ということですが、低張性の割にはじわじわと肌に侵入してくる系のお湯でした。また塩化物泉ということで、寒い冬にはありがたく、身体のポカポカが持続するのが分かります。

 
浴場からの外の景色

露天風呂

 入口こそ分かれているものの、実は内湯と露天風呂は中で繋がっています。ということで、内湯からそのまま露天風呂へと繰り出しました。

 
 

 内湯が4源泉の混合泉(湯本1号+湯本2号+川向1号+川向3号+湧水約10%)であるのに対して、こちらの露天風呂は2源泉(川向1号+川向3号)のかけ流し100%です。そう聞くとこちらの方が泉質が良いと思うかもしれませんが、実際に入浴してみると、内湯と大きな差は感じられませんでした。どちらも良質なお湯が皮膚から侵入してきて、大地のエネルギーを身体内に蓄積してくれるような、そんな入浴体験をもたらしてくれます。ただまあ露天風呂の方が、しんしんと降る雪の情緒を感じながら過ごせるのは間違い無いでしょう。

それなりの量のお湯が投入されている
いい感じに仕上がってきている温泉成分
 

家族風呂

 宿内には、宿泊者専用の家族風呂もあり、大浴場と同じ4本混合泉で満たされています。こじんまりとした空間ですが、家族3人(大人2人・子供1人)であれば十分、ゆったりとお湯に浸かることができるくらいの大きさでした。こちらは鍵がかかっていなければ、いつでも何度でも入浴できるというルールでした。

 
 
 

露天風呂(どんぐりの湯)

 敷地内の各「かくし湯」ですが、夜間は入浴できないことになっています。だからこそチェックインが13:00〜という、一般的な宿泊施設と比較して早い時間に設定されているようなのですが、そんなことを知らずに16:00にチェックインしてそのまま内湯を楽しんだので、野天風呂群は翌朝入浴することになりました。

 改めてまとめると、宿の外にある「かくし湯」は全部で6箇所あります(トチニの湯と奥の湯は同じ場所にあり)。このうち、「もみじの湯」と「杉の湯」は冬季閉鎖になるので、僕が行ったときは入浴できませんでした。

  • かつらの湯(川向1号+川向3号、ナトリウムー炭酸水素塩泉)
  • 杉の湯(同上)
  • もみじの湯(同上)
  • どんぐりの湯(同上)
  • トチニの湯と奥の湯(川向2号、ナトリウムー炭酸水素塩泉)
  • 足湯「かたらいの湯」(4本混合、ナトリウムー塩化物泉)

 せっかくなので唯一の川向2号源泉を引いているトチニの湯と奥の湯に入ろうと思い、野天風呂の鍵受付開始の朝6:30にフロントに行きましたが、すでに別の宿泊客が借りてしまったとのこと。先述の通り、銀婚湯のかくし湯は、いずれも貸切風呂ルールで運用されているので、希望のお湯に他の宿泊客が入っていると、その人が帰ってくるまで待っていなければなりません(各貸切風呂には木製の鍵がかかっており、その鍵をフロントで受け取るというルールになっています)。

 そうであればということで、朝一番風呂は「どんぐりの湯」に決めました。Googleマップで見ると微妙なところですが、宿から最も遠いのが「トチニの湯」(徒歩10分ほど)で、その次に遠いのが「どんぐりの湯」(徒歩8分ほど)とのことです。

いずれのかくし湯も落部川に沿って設置されている
朝6:40頃の銀婚湯前「八厚やまぶきライン」
「どんぐりの湯」「もみじの湯」「トチニの湯」へと行くには吊り橋を渡る必要がある
 
雪が積もっていない状態であれば歩く道が見えるようなのだが、こうも積もってしまうと矢印だけでは進む方向が分からない。朝一で行く場合は、迷子にならないように注意する必要がある
朝一の森はなんとも幻想的な光景です。自分が歩く以外の音は一切ない(が、たまに近くを通る除雪車の音が聞こえてくる)
この日は膝の高さの3分の2くらいまで積もっていた。気をつけて歩かないと長靴の中に雪が入ってきてしまう高さだった。ちなみにこちらの長靴はお宿が貸してくれる
道が分からず雪の中をうろうろとしていると、そのうち「どんぐりの湯」への看板が出現する
看板の矢印方向に向かってしばし歩くと、ようやく「どんぐりの湯」の入り口が見えてくる
 
 
着替えスペースに置かれたサンダルにも雪が…。仕方ないので、裸足で湯船まで降りる
説明書には「夏場限定の湯です」と書かれているが、今はそうではないらしい
湯船の下には落部川が広がっている
 

 4源泉混合の内湯と違って、こちらは2本の源泉(川向1号+川向3号、ナトリウムー炭酸水素塩泉)のみを混合させたもの。心なしか、こちらの方が温泉成分が濃い気がします。何よりも、冷え切った身体で入る野天風呂は格別です。何の音もしない空間でじっくりと源泉かけ流し100%のお湯に浸かることができるので、心と大地が一体化する気分です。

お湯に浸かっていると、次第に日が昇ってきて明るくなる景色
他の宿泊客のことも考えて、往復時間も含めた入浴時間は最大で1時間となっている

露天風呂(トチニの湯)

 「どんぐりの湯」から戻ると、「トチニの湯」への次の予約が入ってしまっていたので、その次の順番で予約をとり、待っている間を朝食の時間に充てることにしました。朝食後、程なくして「トチニの湯」から宿泊客が戻ってきたので、そのままフロントで鍵を受け取って、最も遠い野天風呂へと繰り出すことになりました。

写真には写っていないが、緑色の紐の先には熊よけの鈴が付いている
左に進むと先ほどの吊り橋へ、右に進むと「かつらの湯」と「杉の湯」へと繋がる
「どんぐりの湯」と違って3組目の通行になるので、通るべき道も足跡で分かるようになっているから有難い
雪道だと15分強で「トチニの湯」に到着。雪がない状態だと10分ほどで着くのだろう
フロントで渡された鍵は、このようにセットする
 
 

 銀婚湯の中でも、最も有名な湯船と言えるのが、こちらの丸太をくり抜いて作られた「トチニの湯」の湯船でしょう。5つの野天風呂の中でも、最初に作られたものだと言います。人ひとりが浸れるほどのスペースには、ここだけに使われている川向2号の源泉が贅沢に注がれています。下の説明書に「温泉濃度は銀婚湯ナンバーワン」と書いてある通り、入っていて最も温泉成分を身体全体で感じることができるお湯でした。アブラ臭も、大浴場のように密閉された空間ではないにも関わらず、鼻腔に残るような感じでした。

 

 それにしても、一面雪景色の中で丸太に注がれたお湯に浸かるのって、本当に幸せな気分になります。川の音に耳を澄ませながら、なーんも考えずに時間が経過していきます。往復で30分かかると考えると30分しか浸かっていられないのが残念。可能ならば、2時間でも3時間でも出入りを繰り返したいお湯です。

 
木を突く音が聞こえたので探してみると、かわいいキツツキ科の鳥がお仕事をしていた
 
茶色の湯の花がたくさん舞っている(これが湯の花なのか、それともくり抜いた木の繊維の破片なのかはなんとも言えない)

 もう一つ、丸太湯船の奥には「奥の湯 トチニの湯」という湯船も設置されています。こちらも抜群の雰囲気です。お湯自体は、丸太の方と同じものです。

 
木製の湯船のはずだが、おそらくは温泉成分で固まっており、石のような踏み心地になっている
 
こちらも、湯船の下にはすぐ落部川が流れている
「どんぐりの湯」とい比べるとサンダルが無事だったので、今回はサンダルで移動した
宿へと帰る頃(午前9:00頃)にはすっかり青空が見えるようになった

その他敷地内

 銀婚湯の敷地は九万坪あると言います。温泉エンタテインメントの他にも、樹齢300年の「家族水松」や、樹齢800年の「夫婦水松」、樹齢1000年を越えるイチイの大樹、夫婦岩など、宿名を象徴するような天然の観光資源がたくさんあります。雪が降らない季節に来たら、ぜひ散策したいと思います。

 
樹齢300年の「家族水松」
樹齢800年の「夫婦水松」
宿の近くに設置された足湯「かたらいの湯」。僕たちが行った時はお湯が張られていなかったので、こちらも冬場は閉鎖になるのかもしれない
散策コースの一つ「銀婚湯の森」の入り口
日中になると陽の光が入る空間設計になっているので、フロントの雰囲気も一気に明るくなる

おわりに

 11箇所もの湯船を擁する温泉エンタテインメントのお宿、銀婚湯さん。今回は冬場ということもあって野天風呂は「どんぐりの湯」と「トチニの湯」しか入れませんでしたが、今度は夏場に来てコンプリートしたいと思いました。

 ちなみに、フロントで暖炉がある方とは反対の奥にお土産コーナーがあるのですが、そこに何種類か温泉本が販売されています。今回はその中の一冊として、こちらの「北海道いい旅研究室19」を購入しました。たまたま最新刊のこちらの表紙が、先ほど入浴した「トチニの湯」ということで、何となくのご縁を感じた次第です。

 ちなみに、こちらの号の1ページ目にある「編集前記」が素晴らしい内容なので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと感じました。

 いやぁ、温泉って本当にいいもんですね~♨︎

文:ナガオカタケシ