金湯館(霧積温泉・群馬県安中市)|明治憲法の草案が練られ、文豪に愛された「微炭酸×ぬるトロ湯」の秘湯宿

国で第2位の面積を持つ上信越高原国立公園。群馬・長野・新潟3県に広がる、山岳・高原・温泉資源等が豊富なエリアであり、特に温泉については、草津や万座、四万、鹿沢など著名なものが多く、泉質も多種多様となっています。

 そんな上信越高原国立公園内の特別地域にある、人里離れた秘境に佇む一軒宿が、「霧積温泉 金湯館(きんとうかん)」です。明治17年(1884年)に創業したこちらの宿には、伊藤博文はじめとする政治家(勝海舟、尾崎行雄ら)や、与謝野晶子はじめとする文化人(幸田露伴、山口誓子、川田順、森村誠一、下山観山ら)など、各界で活躍していた人々が訪れたとのこと。伊藤博文らはここで明治憲法の草案を練ったとされており、また森村誠一の名作推理小説『人間の証明』も、ここ金湯館が誕生のきっかけになった場所だと言います。

 以前は旅館や別荘など42軒が点在する有名避暑地だったようですが、明治43年(1910年)の大洪水で山津波が霧積山一体を襲い、金湯館だけが残ったとのこと。今回は、そんな歴史あるお宿の温泉体験を含む宿泊記録になります。

※金湯館では、電波はdocomoのみつながり、auはスマートフォン以外は機種によってはつながらない場合があり、それ以外のキャリアの電波は不通とのことです。ご注意ください。

※本記事は訪問日(2024年12月31日)時点の情報です

金湯館へのアクセス

JR横川駅の外観

 金湯館の最寄り駅は「JR横川駅」。駅弁「峠の釜めし」で有名な “おぎのや” 横川店(会社所在地)があることで有名な駅です。そこから約13km、山中に入ったところを目指すわけですが、当然ながら徒歩は現実的ではありません。電車移動の場合は、ぜひ、お宿からの送迎を使うといいでしょう(要事前予約)。

金湯館からの送迎バス

 ただし、チェックイン当日にまさかの新幹線遅延が発生してしまい、所定の時間に横川駅に着くことができず、送迎も利用できなくなってしまいました。よって今回は、タクシーで宿に向かうことになりました。

駅前にタクシー料金の目安一覧が置いてあったが、かなり以前に制作・設置されたもののようで、昨今の物価状況が反映されていない。概算表示では金湯館までの料金は「5,200円」(右下)と書かれているが、実際の金額は「7,810円」だった

 横川駅から国道18号線→国道56号線と進み、霧積湖(県施工第一号のダムとして1976年に建設された人造湖)を過ぎると、56号線の終着点に到着。ここからさらに、一般車両は進入禁止の金湯館専用私道を進んでいきます。

この先を真っ直ぐ行くとお宿へ、左を進むと専用駐車場へ、それぞれ向かう
分岐点から約150mで駐車場に泊めた上で、電話連絡して迎えに来てもらう運用らしい。駐車場は、旧「きりづみ館」(2012年4月に閉館した温泉宿)の跡地を利用したものとなっている
私道なのでGoogleマップでは道路が表示されない(点線部分)
金湯館専用私道に入ってからは、道の状態は決して良くなく、運転の難度は非常に高い印象だった
私道を10分ほど進むと、ようやく金湯館に到着

外観

 送迎車やタクシーは、お宿全体が見渡せるくらいの小高い場所に停めます。よってそこからは、徒歩で階段を下って入り口へと向かうことになります。こんな山の中にこんな立派な建物があることに感動を覚えます。

金湯館の外観
私道の駐車スペースからはこちらの階段を下っていく。スーツケースなどでお越しの方は要注意だ
金湯館の入り口。霧積川に架かる橋の朱色の欄干が印象的だ
夜の金湯館の入り口。渓流の音以外は何もしない、非常に静かな時間だった
館内に飾られている、昭和34年(1959年)の金湯館外観

ロビー

 お宿の中に入ると、兜やお土産、サイン色紙、宿の歴史に関する様々な資料などが所狭しと飾られており、非常にアットホームな空間となっています。開業当時は明治ということで、当時の人々の背丈に合わせて建てられたため、天井は低く、背の高い方は廊下を歩く際に頭を前屈して歩かれることもあるようです。

玄関の様子
お土産と色紙コーナー
受付のすぐ横に飾られているかぶと
明治18年(金湯館開業の翌年)に開業したJR横川駅の当時の絵図など
年季の入った温泉分析表(最新版は浴場の着替えスペースにあり)
「金湯館を訪れた政財界・作家・詩歌人・文化人」一覧や、与謝野晶子作の詩、明治17年の開業当時の絵図など、歴史を感じる資料が展示されている

 冒頭に記載した通り、金湯館には様々な著名人が泊まっています。上の額縁に記載された「金湯館を訪れた著名人」一覧には、以下の人物が列挙されています。

【政財界】

  • 伊藤博文
  • 勝海舟(明治20年頃、皮膚病のため約一週間湯治)
  • 尾崎行雄
  • 金井之恭
  • 西村樹(※西村 茂樹のこと?)
  • 西郷従道(西郷隆盛の弟、別荘があった)

【作家・詩歌人・文化人】

  • 添田知道
  • 森村誠一(作家)
  • 長谷川如是閑
  • 与謝野晶子、与謝野鉄幹(負債で来訪、歌人)
  • 幸田露伴、幸田成友(兄弟で湯治に)
  • 小山内薫、川田順(二人で一緒に二回、一回は小学生の武田久吉を伴って、作家)
  • 大野りか
  • 高野素十
  • 山口誓子(歌人)
  • 岡倉天心(画家)
  • 下山観山(画家)
  • 前田青邨(日本画家)
  • 堂本印象(日本画家)
  • 石井鶴三
  • 山口薫(洋画家)
  • 西條八十
詩人・西條八十と作家・森村誠一に関する解説パネルが展示されている
森村誠一は、大学生の時、金湯館に宿泊してハイキングに出掛けた。その際に、山の頂きで宿のお弁当の包み紙に刷られていた、西条八十の詩 「ぼくの帽子」が目に留まったことで、それから20年以上経った昭和50年代の初めに、大ヒットした『人間の証明』を世に出すに至ったという。「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。〜」
与謝野晶子が残した歌と、館内でレンタルできる書籍群。隣にある黒電話が懐かしい
売店ではタオルのほか、『人間の証明』の文庫本も購入できる。また、森村誠一が山の頂きで見た宿のお弁当の包み紙も置いてある
お弁当の包み紙に印刷された、西条八十の詩 「ぼくの帽子」(右上)
二階への階段の手前に置かれた立派なだるまが印象的
詩人・鈴木比呂志による「霧積慕情」
夜の玄関エリア。だるまの視線を感じる
夜の玄関エリア。手前の「和」の文字がインパクトがある
共同の洗面台

お部屋

 今回のお部屋は、2階の別館にある203号室。トイレ・洗面台は共同。8畳のこぢんまりとした空間にこたつがあって、落ち着きます。

23号室前の廊下
部屋の中の様子
  
  

 なお、本館1階には、伊藤博文が逗留した客室があり、今でも宿泊できます。廊下と部屋は障子で仕切られ、施錠はできません。また、本館2階の角の1号室という部屋で明治憲法が草案されていたとのことです。

伊藤博文が逗留した客室
伊藤博文が逗留した客室にある注意書きが、なんだかかわいい

 ちなみに、明治16年開業時は、母屋は総欅(けやき)造りで建てられたとのこと。欅は近場の山から切り出され、現在でも1号室ではその梁を見ることができます。また、昭和48年に改築されるまでの欅(けやき)の廊下は“鴬張り”と揶揄されるほど、人が歩くたびにぎしぎしと音を立てていたとのことです。

お食事

 お食事はすべて部屋食です。一泊目は基本的には地場の食材を使った天ぷらとなっており、受付のホワイトボードに「本日の天ぷら」の素材が紹介されています。要チェックです。

骨酒注文の場合は到着時に伝える必要があるので要注意

夕食(初日)

地場の素材をふんだんに使った夕食。アユの塩焼きや、群馬名物のさしみコンニャク、豚汁など、健康に良いものばかり。またこの日は12月31日ということで、年越し蕎麦(写真右上)も提供された
山菜の天ぷらがとにかく美味しい
せっかくの年末最終日なので日本酒をいただく

朝食(初日)

この日は1月1日ということで、おせち仕様の朝食。特に、お雑煮をいただけるとは思っていなかったので嬉しかった

夕食(二日目)

2泊目の夕食のメインディッシュは鯉のうま煮。また、味の染みたおでんも提供された

朝食(二日目)

2泊目の朝食。佃煮の盛り合わせはもちろん、きのこ汁が美味しく、また、デザートにいちごが出るのもありがたかった

おにぎり弁当

 チェックアウトした後のお昼用に、名物「おにぎり弁当」を購入しました。包み紙は先述した通り、森村誠一が『人間の証明』に向けてインスパイアされた当時のものです。

  
  
  

温泉

 受付に入って左側に進むと、浴場まで続く通路に出ます。およそ30秒ほど歩くと浴場に到着するのですが、この廊下の両側に展示されている写真や新聞の切り抜き、ポスター、色紙等が、宿の歴史を感じさせてくれます。

浴場に続く廊下の階段部分
廊下の階段部分からの受付の眺め
金湯館の印象的な水車に関する掲示。昔は水車で発電していたらしい
  
  

浴場

 金湯館の浴場は、男女1箇所、内湯のみ。温泉分析書は、着替えスペースにかかっています。こちらを見ると、泉質は「カルシウム-硫酸塩温泉(低張性弱アルカリ性温泉)」。泉温は38.9℃と言うことで、ぬる湯です。

 記載はありませんが、加水・加温はなされておらず、循環濾過装置の使用や薬剤の投与もなされていないとのこと。ちなみに、ホームページでは「毎分300lが湧き出ている」と表記がありますが、温泉分析書を見ると、現在は「毎分149l」のようです。

着替えスペース

 中に入ると、こぢんまりとした浴槽があり、その中に無色透明のお湯が注がれています。浴場内は、微かな硫化水素臭(ゆで卵臭)と水蒸気が充満しており、お湯が注がれる「ザー」という音が心地よいです。このサイズの浴槽に対して毎分149lとなると、お湯の鮮度は非常に高いと言えるでしょう。

独特な形状の浴槽には、昔ながらのタイルが敷かれている
浴槽から溢れたお湯は、使いまわされることなく、そのまま排水溝に吸い込まれていく。源泉かけ流し100%ならではの光景だ
浴場内は天井が高い
お湯が注がれる場所には石が積まれており、緑青色の析出物が固まっている
まさに温泉アート。近くで見入ってしまう
お湯に浸かると、このように、細かい泡が身体中にまとわりつく。浴後はツルツルすべすべの浴感だった
太陽が出ている時に入浴すると、無色透明の水面がキラキラと輝いて美しい。ぬる湯なので、延々と浸かっていられる
浴場内にシャワーはなく蛇口のみ。ボディーソープとリンスインシャンプーは完備されている

洗面台

 浴場に続く廊下の途中には、温泉が出る蛇口の洗面台が設けられています。金湯館のお湯は飲泉可能なので、ここで身体の内側から温まるのもいいでしょう。

冬季は管内のお湯が凍ってしまい復旧が大変になるので「蛇口は止めない」運用の注意書きが貼られている
こちらも析出物が素敵。一部の温泉好きの間では、この感じの析出物が「プードル」と表現されている

その他敷地内

 金湯館の母屋周辺には、この地を訪れた文化人らの作品等にちなんだ掲示がなされています。

勝海舟の揮毫による碑。矢島揖子(YWCA、キリスト教婦人矯風会創立者で徳富蘇峰・蘆花の伯母にあたる)の依頼により、そのとき皮膚病で湯治に来ていた勝海舟が筆をとったものと言われている
森村誠一がインスパイアされた西条八十の詩 「ぼくの帽子」より
俳人、随筆家の上村占魚による詩
演歌師、作家の添田知道による詩
金湯館の名物の一つ、水車。昔はこれで自家発電をしていたらしい。「明治から昭和11年まではランプだけ、その後はランプと水車による発電、昭和30年からは、ディーゼルエンジンを導入して、自家発電をしておりました」とホームページに記載されている
風車の手前には、岩魚の稚魚と思われる魚も
風車からの芸術的な氷柱
1979年当時の風車の様子が玄関に飾ってある
宿の周りを囲む全長30メートルの水路にできた“つらら”が印象的

周辺環境

宿周辺

 秘境宿ということで、宿周辺に施設のようなものは何もありません。唯一、鼻曲山へのハイキングコースがあるため、そちらを楽しむことはできます。

金湯館までの道中にあるハイキングコース。のんびりゆったり楽しみたい方向けのコースと、山歩きに慣れている方向けの少々ハードなコースがある。詳細はこちらをご参照
宿周辺を散策した際に確認できる特徴的な岩

駅周辺

  

 横川駅の周辺には、冒頭に記載した駅弁「峠の釜めし」で有名な “おぎのや” 横川店や、そこが運営する「おぎのや資料館」、さらに駅の反対側には「碓氷峠鉄道文化むら」といった鉄道テーマパークもあります。温泉帰りによってみるのも良いでしょう。

横川駅からの眺め
おぎのや横川店
食べた釜めしの器は持って帰ることができる
店舗の向かいに設置された「おぎのや資料館」。この日は元旦等ことであいにくの閉館だったが、中ではおぎのやや鉄道の歴史を学べる。入館は無料
駅構内と連結する形で釜めし販売所もある
安中市の観光案内所
  
碓氷峠鉄道文化むらの入り口

各種資料やパンフレット類など

 宿の中には様々な資料が掲示・展示されています。雑誌などの冊子ものに関しては、自由に手にとって見ることができます。

金湯館のパンフレット(表面)

おわりに

玄関にあるストーブの上にあるゆず

 今回は年末年始(12/31と1/1)にお世話になった金湯館。電波が十分に入らないということで、強制的なデジタルデトックスの時間となり、ゆっくりと温泉に浸かって自然を堪能する時間となりました。

 館内も数々の著名人が訪れたことが掲示されており、当時の部屋も丁寧にメンテナンスされながら使われているということで、なんとも情緒的な空間となっています。そんな中で浸かる源泉かけ流し100%のお湯は格別でした。

 いやぁ、温泉って本当にいいもんですね~♨︎

文:ナガオカタケシ